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きむら たくや
木村 拓哉 
本名 同じ
生年月日 1972年11月13日(46歳)
出生地 Flag of Japan 日本・東京都
血液型 O
活動期間 1988年 -
活動内容 歌手俳優タレント
配偶者 工藤静香
主な作品

ドラマ
ロングバケーション
ビューティフルライフ
HERO
GOOD LUCK!!
映画
2046
武士の一分
備考
SMAPメンバー

木村拓哉(きむら たくや、1972年11月13日 - )は、日本歌手俳優であり、男性アイドルグループSMAPのメンバー、ジャニーズ事務所に所属。血液型O型テンプレート:要出典範囲。 イメージカラーはレッド。東京都出身、大阪府および千葉県育ち。妻は歌手、タレントの工藤静香

来歴 編集

人物 編集

  • 得意な物真似は『古畑任三郎』(余談だが木村は劇中で犯人役を2度演じている)。その他に田原俊彦松田優作など。最近では平泉成の物真似が気に入っている(2007年さんタクより)。
  • サッカー観戦、サーフィンダーツビリヤード釣りカメラ、映画鑑賞、音楽鑑賞ローリング・ストーンズボン・ジョビエアロスミス等のファン)等、多趣味で知られる。過去スノーボードも趣味としていたが、数度の怪我により辞めた。アニメが好きで、特に『銀河鉄道999』などの松本零士作品に思い入れがあり、2002年5月27日放送の『SMAP×SMAP』では木村自身がハーロックに扮するコント「アルカディア2002」後編にて原作者の松本と共演もしている。その際、木村は当コント内で「小学校の頃の理想のタイプはメーテルだった」と答えている。また、『機動戦士ガンダム』にも思い入れがある。漫画『ONE PIECE』が愛読書で入浴中や移動中の時によく読んでいる。ただし、読むのはマンガのみであり、活字の本を読むことは全く無いという(本人談)。
  • 長所は誰とでも話ができる。短所は気が短い(本人談)。
  • 愛犬はラブラドール・レトリバーのボニータ。名前はマドンナの「ラ・イスラ・ボニータ」から付けられた。幼い頃に獣医師を夢見たほどの動物好きである。「君を忘れない」で共演した子犬を引き取り実家で育てたというエピソードもある。
  • 「キムタク」という愛称について、本人は当初は女子高生の間でつけられた愛称として喜んでいたが、その後、面と向かって呼ばれるよりマスコミに取り沙汰される時に多用されることや、「キムタク」という素の自分ではない虚像が一人歩きしていると思うようになり、呼ばれることを嫌うようになる。FMVCMでは、石田純一に「キムタ」と呼ばれ「略さないでよ」と嫌がるコント場面もある。中国でもキムタクと言う愛称は定着している(2006年11月10日の、木村拓哉のWhat's up SMAPにて判明)。近年はキムタクと呼ばれることも、人気のバロメータだ、定着しているのだと受け入れることができるようになったとコメントしている。
  • ジャニーズ事務所に入ったきっかけは叔母が勝手に木村の履歴書を送ったから。
  • 学生時代は剣道部に所属。
  • SMAPのメンバーの中で唯一の妻子持ち。家族のことはあまり話さない。明石家さんまサッカー中田英寿とはプライベートでも家族ぐるみでの交流がある。
  • バラエティ番組に殆ど出演しないため、芸人やグラビアアイドルとの共演はほとんどないが、本人はかなりのお笑い好きである。現にビストロスマップで「はねるのトびら」のメンバーがゲストの時に、はねるのトびらのDVDを持っていると発言していた。また、2008年、フジテレビジョン系列『27時間テレビ』において、『オレたちひょうきん族』で、かつてビートたけしが演じた「タケちゃんマン」をリスペクトしたキャラクターである「タクちゃんマン」(その直前までやっていたドラマ、『CHANGE』の内容から、「この間まで総理大臣をやっていた…」と名乗った)を演じた時、最初は恥ずかしがっていたが、徐々にノッてきて、また幼少の頃から夢中になっていた番組のネタの再現でもあったため、ノリノリでかつてたけし・さんまが演じたギャグをこなし、さんまのブラックデビルと「写真を撮ってほしい」とまで言っていた。
  • 「惜しい」と言う言葉が嫌い(2007年1月9日ぴったんこカン・カンテニス中本人が発言)。一方で「ヤバイ」という言葉を頻繁に使う。
  • 笑っていいとも!』にて一度だけ、テレホンショッキングのポスター係として登場したことがあるが、番組上では新人ADを装うというサプライズを提供したことがある(松たか子出演時)。
  • SMAPデビュー前萩本欽一プロデュースのアイドルグループ茶々隊 のオーディションに合格したが、萩本から「好きな食べ物何?」と聞かれたので「あ、僕おいなりさんです」と答えたら、「今日から君はおいなりくん」と萩本に言われ、おいなりくんと言われたことが意味わかんなくて、次の日からレッスンに行かなくなった、と木村本人が話した(2009年さんま&SMAP美女と野獣のクリスマス)。萩本はこの話の顛末を別の番組で語り、木村が「あ、僕お母さんの作ったおいなりさんです」と答えたため、ジャニー喜多川へ連絡をとり「こんないい子(木村)を勝俣の横で踊らせるのはもったいない。もっといい場所でジャニーさんが育ててくれないか」と相談、結果茶々隊から外したとしている。

ドラマ 編集

  • 主演したドラマは1997年の『ギフト』と2010年の『月の恋人〜Moon Lovers〜』を除き全て平均視聴率20%以上を記録。1998年以降は年に1本のペースで連続ドラマに出演していたが、1999年は連続ドラマの出演はなく、2006年はゲスト出演とスペシャルドラマのみであった。
  • ドラマでのファッションや髪型がよく話題になり、1990年代後半には木村を真似たロン毛が大流行した。愛用のサングラスはティアドロップタイプで、100個以上所持している。
  • 主演ドラマ『プライド』の撮影中に、エキストラの顔面にアイスパックを直撃させる事故を起こした(負傷者の診断は「口唇裂傷・歯冠破折」)。ただ、ドラマ自体は休憩中のファンサービスで起こった事故であるため、中断されることなく最後まで放送された。
  • 主演したドラマが20%以上の高視聴率を記録している事が多い一方、主題歌にSMAPの楽曲が起用されたのは'95年の『人生は上々だ』(W主演)のみである。単独主演では起用されていない。

受賞 編集

  • 1994年第7回石原裕次郎新人賞…映画『シュート!』の演技による。
  • 1994年度エランドール賞・新人賞…映画『シュート!』の演技による。
  • 1994年第11回ベストジーニスト
  • 1995年第31回ギャラクシー賞・奨励賞個人…テレビドラマ『若者のすべて』の演技による。
  • 1995年第12回ベストジーニスト
  • 1996年第13回ベストジーニスト
  • 1996年第9回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『ロングバケーション』の演技による。
  • 1997年第14回ベストジーニスト
  • 1997年第15回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『ラブジェネレーション』の演技による。
  • 1998年第15回ベストジーニスト(殿堂入り)
  • 1998年第1回日刊スポーツ・ドラマグランプリ主演男優賞…テレビドラマ『ラブジェネレーション』の演技による。
  • 1998年第19回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『眠れる森』の演技による。
  • 1999年第24回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『ビューティフルライフ』の演技による。
  • 2000年第26回放送文化基金賞・男優演技賞…テレビドラマ『ビューティフルライフ』の演技による。
  • 2001年第28回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『HERO』の演技による。
  • 2002年第33回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『空から降る一億の星』の演技による。
  • 2006年度第30回日本アカデミー賞 主演男優賞のノミネートを辞退
  • 2006年第16回東京スポーツ映画大賞・主演男優賞…映画『武士の一分』の演技による。
  • 2007年ソウル・ドラマ・アワーズ2007・最優秀主演男優賞…テレビドラマ『華麗なる一族』の演技による。
  • 2007年第57回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『華麗なる一族』の演技による。
  • 2007年第20回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞・主演男優賞…映画『武士の一分』の演技による。
  • 2008年第57回ドラマアカデミー賞・主演男優賞…テレビドラマ『CHANGE』の演技による。

参加ユニット 編集

出演 編集

バラエティ 編集

※単独での出演のみ。SMAPでの出演はSMAPの項目を参照。 レギュラー

テレビドラマ 編集

※単独での出演のみ。主演の連続ドラマは太字。SMAPでの出演はSMAPの項目を参照。

連続ドラマ

単発ドラマ

ゲスト出演

映画 編集

舞台 編集

ラジオ 編集

CM 編集

現在
 
過去
 
 

声優 編集

著書 編集

脚注 編集

  1. 日刊ゲンダイ 2007年5月14日

外部リンク 編集

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